I hear sad news.
また悲しい事件があったようだ。
こんどはいじめられた側ではなく、「いじめた側」の中学生が「死」というカードをきった。
なぜ?
なぜ死ぬ必要がある?
死んでなんになる?
遺書としてノートに「ごめんね」とあったらしい。
なぜそこまできて死を選んだ?
本当に謝罪するなら、本当に悪いと思うならface to faceで一言「ごめん」って言えばいい。
たった一言。
たった一言だけど、謝られた人も謝った人も心が救われる気がする。
たった一言だけでいい。
そのたった一言で未来に続く関係が築けるのに…
若いからこそ感じる心の重圧。
若いからこそ感じる心の責任。
その感覚は人である証だ。
何処を探してもToo lateなんて事は無い。
死ななければToo lateではない。
いつだってやり直せる。
問題はいつやり直すかだ。
時間はかかるかもしれない。
それでも立ち直れる。
Too lateなんて無い。
「死んで花実は咲くものか」という言葉がある。
死ぬ勇気があるなら何だって出来るはずだろ?
どうせ死ぬならやるべき事を全部やってみてからでも遅くない。
「無理」は封印して、やってほしい。
その気持ちがあれば世の中のたいていの事は乗り越えて行けるもんさ。
もうこんな悲しいニュースは聞きたくない。
心の底から聞きたくない。
死んだ奴はlooserだ。


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